「あ」 ◆ じっと、うずくまる。それが、私。 小さく小さく。この存在を消し去って。 見慣れた木目を右から始めて左へと流す。 耳に聞こえてくる微かな音は、明るい日差しの中みんなで手をつないでいった時に聞いた潮騒に似ていた。 なのに、この音は今は私を傷つける。 頭巾の上から、ぎゅうっと耳をふさぐのに執拗に隙間を狙って入り込んでくる。 やめて。 ごめんなさい。 息もしません。 だけど、ここにだけ居させて。 邪魔もしない、私はいるだけだから。 無視しても、なにしてもいいから。 この場所だけは…… 「!」 「あ」 はっと顔を上げると、教室の入り口に兵助が立っていた。 どうしてくのいち教室に来たのだろうと考えるよりも前に、兵助は少し怒った顔をして私の所まで走ってきた。 「!いこう」 「兵助」 ぐっと、手をひかれて立ち上がる。 そのまま廊下を二人で黙々と歩いて行った。 縁側に日の光が入る兵助の部屋の前でようやく兵助が止まった。 「相手にするな!」 長い睫毛がふるふると揺れていた。 「ごめん」 「ありがとう」 「なんかあったら、私の所にこいよ」 その言葉だけで、私は救われる。 だから、大丈夫。 「、笑って?」 「うん」 / 「相手にするな」 久々知 ◆ 硬く硬く握りしめた手と手。 淡く香らせた香で鼻をくすぐり、白くはたいた粉で際立たせて。 「今日はありがとう」 「いいや、俺も楽しかった」 「本当?よかった。その、」 「ん?」 「また今度、一緒に行ってもらってもいい?」 「っ…も、もちろんだよ!」 選んだ組み紐一つさえあなたの為だと主張する。 そうして、極上の笑顔で微笑めば朱が差した表情で、肩を抱かれた。 「あ」 「……じゃ、じゃあね!」 頬に一つ口付けを落して、さっと背中を見せながら走っていく彼を私は見送った。 小さくため息をつくと同時に、背中にさっとうすら寒いものが走った。 「あいつ誰?」 「なに?伊作……見てたの?」 「うん」 「そう…」 袖の端で頬を擦った。 ぴりっと痛みを感じるが、気にせずそのまま擦った。 するとそれを見かねて、伊作の手が背後から伸びてきた。 伊作の指が頬をなぞる。 「あいつ、誰?」 「……宿題の相手」 「なんの?」 「一日で自分に本気にさせれるかの色の術」 「は、あいつのこと好きなの?」 「好きじゃない」 ぎゅうっと後ろから抱きしめられると、伊作の体からほんのりと薬の香りが香ってきた。 「大好きよ?伊作」 「うん、私も」 あんな奴のために付けた匂いなんてあなたの香りで消して。 / 「あいつ誰?」 伊作 |