心配事
























仰向けになったまま、もう何度目かになる「もういいよ」という言葉を繰り返した。


「よくない。、大人しくしてろ」


私の頬に濡れた布を当てた兵助は、至極真面目な顔をしてさも当然の様に答えた。


「だって、のほっぺたこんなにまだ赤い。痕になったらどうするんだ」
「別にどうもしないよ〜。痕になっても全然気にならないし」
「俺が気にする」


じっと、大きい瞳が間近で見つめてくる。
恥ずかしくて視線を外しても、どうしても視線を感じてしまって、ついつい引き寄せられるように兵助の顔を見てしまう。


「痛む?」
「……もう、大分平気だってば」
「うん」


返事をするくせに、一向に放れようとはしない兵助。
くのたまでもこの学年になれば実習がハードになってくる。今回の実習も男子顔負けの札取り合戦だった。
女ばかりだから、余計に性質の悪い罠が多くなってくる。
札は奪えたものの、うっかりそのうちの一個に引っ掛かってしまった私は、頬を強く打ってしまった。なんとか、実習も及第点取れた代償なら、こんなのなんでもないのに。
帰ってきた私を見るなり、兵助は手に持っていた教科書やら帳面やらをばさばさ落とした。
ただいまを言う暇もなく、腕を引っ張られて部屋へと連れ込まれた。
背中にぶつかる竹谷くんの兵助を呼ぶ声なんて聞こえてないのか、無言のまま強引に兵助に連れていかれる。


「兵助!」


私の声なんてまるで無視して、兵助はテキパキと座布団を二つに折って、枕に仕立てた。
そこに私をあおむけに寝かせると、「待ってろ」の一言。
ため息をつく暇もなく、部屋から出ていったと思ったとたんに戻ってきた兵助は濡れた布を手にしていた。
まるで、寄り添うように私の上に覆いかぶさると兵助は心配そうに頬に布を当てた。
そして、そのまま今に至る。
確かに頬は、じんじんと響くように痛むが、そんなことよりも自分の心拍数の方が異常値をはじき出しているに違いない。
頬の痛みなんかよりも、よっぽど死んでしまいそうだ。
どうしようと、考えていると兵助は空いた片手で私の額を撫でる。
指先が愛おしげに行ったり来たり。


「な、
「な、なによ」
「痛いか?」


何度めだろう。さっきも聞かれた気がする。


「ううん、もう痛くない」
「うん、そうか」


じっと、見つめられていると、吸いこまれてしまいそうになる。
久々知兵助と言う人間の中に。
微かな息遣いさえも聞こえてきそうなこの距離。


「よかった」


微かに唇に笑みをたたえた兵助は、まるで猫か何かの様にすりっと痛くない方の頬に顔を寄せてきた。


「あ、う、ちょ、ちょっと兵助」
が実習でいなくて寂しいのに、帰ってくれば帰ってきたでいつも怪我ばっかしてきて」


眼だけ動かして兵助の方を見ると、黒い髪が邪魔してどんな顔をしているのか分からない。
だけど、


「心配なんだよ俺」


私の顔はきっと、すごく変な顔。
嬉しくて、恥ずかしくて、死にそうな顔。


のこと好きすぎるんだな。きっと」


真直ぐすぎる正直な言葉で、確実に射ぬかれてしまう。


の痛みが全部俺に移ればいいのに……ああ、こうしたら移るかな」


ぱっと、思いつき顔で唐突に唇を重ねられた。
唇を啄ばむような口付けで、ちゅっと甘い音がする。


「移んないか……」
「う、う、う、」
「どうした!?」
「移るわけ、ないでしょ……」
「ああ、そうだよな」


けろりと、まるで口付けなんてしなかったような言い草。


、顔赤いぞ?」
「〜〜ッ!……兵助のせいだよ」
「そうなのか?」
「そう!」