どんな姿だって








































「おやすみ、文次郎」


腕の中で小さく呟いたその声に、どうしようもなく愛おしさを感じてしまい俺は小さく唸った。
それでも、すぐに穏やかな寝息が聞こえてきてしまえば、それ以上に手を出すこともできず、自分に向けて苦々しさを含んで笑った。


「おやすみ、


いつ何時だって、が好きでたまらない。
たとえ3日間かけた実習の最終日、へとへとのこてこてに疲れて、それでも三日間ずっと傍にがいるのに手出ししたら別れると宣言されたこの状況下でさえ、好きでたまらずにむしゃぶりつきたくなるって言うのに……。
はそんな俺の思いもつゆ知らず、寝てしまった。


「んっ、」
「え、あ、?」
「……」
「……なんだ寝てんのかよ」


すりっと、胸元に頬を寄せて幸せそうに眠る
く、くそ、たまらない。柔らかいし、の匂いすごいするし、好きだし、と、そこで思考が途切れた。
だめだ、このままじゃ盛ってしまう。俺は、優秀な忍者。
忍者になるんだから、こんな己の煩悩に負けてはいけない。
でていけ煩悩!やってこい、無の境地!
何か考えたら負けだ。
眠る眠る眠る……。
明日になったら、がにゃんにゃん言うぐらい抱いてやるから寝る寝る寝る寝る…。
ねる。





























「…じろー、……んじろー!おきてー!」


急速に意識が浮上していく感覚。
頭がぼやける中で、やけに甲高い声が響く。ああ、か。
ぱしぱしと、頬に手が当たるのがくすぐったい。


「もんじろー!もんじー!……じじい!」
「じじいじゃねぇ!せめておじさんだろうが!!!」


思わず反応してガバッと、飛び起きるとこの目に飛び込んできたのは、じゃない女の子の姿。


「……あ、あれ??どこだ?」
「おきたー!」


きゃらきゃらと声を上げて、小さな手を叩く女の子が一人いるだけで、昨日抱きしめて寝ていた筈のがいない。


「は、え??お前どこ行ったんだよ?まだ実習中だぞ!?」
「うるさーい!もんじうるさーい!」
「だー!お前は黙ってろ!」


辺りを見回しても、誰かに見つかる危険も顧みず声を上げてみても、は一向に姿を現す気配がない。


−!!」
「はぁーい!」
−どこだー!」
「はいはーい!ここだぁ!」
「………」
「もんじもんじ〜」
ー」
「はーい!」
ー」
「はぁーい!!!」


一年坊主どもより小さいその子は丸っこい小さな指をぴんとあらん限りに伸ばしてぴょんぴょんととび跳ねながら、返事をする。


「いっぱい、もんじによばれて、うれしい!」


ぎゅうっと、制服にしがみついて、嬉しそうに笑うその子。
顔をごしごしと擦りつけるように、するその姿が昨晩のの仕草とだぶって見える。
というか、今気付いたがこの子の来ているのはやけにだぶだぶだが、見慣れた桃色の着物。


「え、あ……?」
「もんじ、だっこー!」


笑顔全開でこっちを見上げてきたその顔は、確かにの面影があった。
俺との子……………。


「ち、ちっがーーう!!バカタレ―――!」


三日間一緒にいてそんな兆しなかっただろうが!俺のバカタレ!
違う、信じたくないが、どうやらこれがの様だ。
どうしようと、考える前にだっこだっこと騒いでいるを抱き上げ、俺は走った。


「土井せんせ―――――――――い!!!!!!」


今回の実習のサポートでどっかに潜んでいる土井先生にとりあえずを預けて、この実習さっさと終わらせて、それからどうするかだ!

































ぎゅううっと、しがみついてくるの小さな手。


「こら!、離れろって!」
「うー…やだぁ!もんじがいい!」
「だから、もう大丈夫だって!」
「やだー!」


ぷうっと、ほっぺたを膨らませて怒っているは俺が土井先生にを預けて行ってしまったことに相当ご立腹らしい。
ようやく実習を終わらせて、小さいままのを連れて食堂へやってきた。
置いて行かれると騒ぎ立てるを首にしがみつかせたまま、カウンターに手をついた。


「すみませーん!おばちゃん、ランチ二つお願いします」
「はいはーい、あら、潮江君どうしたの?」
「はい?なんでしょう?」
「あらまあまあ、妹さん?それにしては似てないわねぇ」
「あ、いえ!こ、こいつは!」


慌てる俺を他所に、無邪気に笑い声を上げる
なんとか、適当にごまかしてお盆二つとをテーブルに運んだ。


「もんじ、あーん」
「はいはい、ほれ」
「……んふふー、おいしい」


そして、今度は俺が箸を使っているの見て、自分も使うと、は必死に小さい手には似合いもしない箸を握って大根の煮物を食べようと奮闘している。


「ほれ」


汁が机に跳ねるのも見かねて、大根を小さく切り分けてやると、眼を輝かせて「ありがとう、だいすき!」と、声高に叫ぶ姿に思わず顔がほころぶ。


「なんだ、文次郎。貴様今度は幼女趣味に走ったのか?」
「だっ!ち、ちげぇ!」


向かいの席に悠然と笑いながら、仙蔵が座った。


「それにしては、の姿が見えないな。その子どものせいで愛想尽かされたのか?」
「……ちげぇよ」
「せんぞう!もんじろういじめないで!」


びしっ!と音を立てそうなほど凛々しく箸を仙蔵に突きつける
ぴくりと、仙蔵の眉が上がるのを俺は見逃さなかった。


「……なんだ、この子どもは」
「あ、いや、こいつは」


六年間の経験がまずいことになりそうだと、騒ぎ立てたが仙蔵の口を止めることはできなかった。


じゃないか」
「……そうなんです」


厄介な奴パートワンに真っ先にばれてしまった。
残る二と三がここにいないだけでもまあ、ましか。
もっとも、仙蔵には何とか言っておかないとを部屋にもつれていけないとも思っていたし、別にいいか…。
は既に仙蔵に興味を失ったのか、また自分のお盆の上に載っている米やら味噌汁やらと格闘しはじめた。


「俺もよくわかんねぇんだよ。……ああ!ほら、こぼすな」
「ほーお。今朝か?小さくなったのは」
「ああ、合同実習だったろ? んで、ペアだったから一緒に寝て…」
「一緒に?」
「な、なんもしてねぇ!」


怪しげな視線を投げてくる仙蔵に、思わず立ち上がって抗議すると、大声に驚いたが途端に泣きだした。


「うわ、!違う、違う……ほれ、ごめんな?な?」


抱き上げて、しばらく背中を叩いてやると、落ち着いてきたのかすんすんと鼻をすする音だけになってきた。


「もんじろう、おこってない?」
「怒ってない。怒ってないからな?」
「ほんとう?」
「ああ………ん?なんだ仙蔵」
「ふっ……ふっ、あはっはっはっは!もうだめだ!!」


堰を切ったように腹を抱えて笑いだす仙蔵。
またが泣かないように、少しだけ抱く力を強くした。


「なんだ文次郎!本当に、父親みたいだぞ!」
「なっ!!え、あぁ!?そんなことねぇ!」
「まあ、せいぜい子育てに奮闘しろ」
「こ、子育てじゃねぇ!!」


違うと叫びながらも、なぜだか顔が熱くなった。





































ようやく、夜になった。
一緒に風呂に入りたいだの、鍛錬について行くだのさんざん好き勝手言いまくったは、ようやくうとうとと、舟を漕ぎだした。
仙蔵はなんの気を利かせたのか、今日は別の部屋で寝ると出て行ってしまったし。
気恥ずかしい気もしたが、布団は一つだけ敷いて、結局離れようとしなかったと一緒に布団へ入った。


「んー……もんじぃ」



腕の中のは、昨日の夜と同じようにの匂いがする。
名前を読んでやると、へにゃりと頬を緩ませて微笑みながらそのまま夢の中へ入って行ってしまったようだった。


「はぁ……」


こんなことになって、確かに大変だと思った自分はいたのに、嫌だと思う自分はどこにもいない。
それどころか、最初は疑っていた自分が愚かしいとさえ思える。
言葉や行動の端々に、を見つけて「ああ、やっぱりこいつはなんだ」と、痛いほど感じた。


?」


するりと、指で髪をすくと擽ったそうに身をよじるその仕草。


「いつでもいいぞ」


別に戻るのなんて、いつだっていい。


「おっきくなるまで、待ってやるからな?」


一人で言ってから笑って、の小さい頭に唇を落とした。
ただ、明日。
明日をお前と一緒に迎えられるだけでも、充分幸せなんだ。


「おやすみ、

































「んっ……」
「ギンギーン!!!」


うっすらと、音が聞こえてきはじめて、急速に意識の底から浮上していく。
明るい光に目を細めながら体を起こすと、とんでもない光景が。


!!!ギンギーン!!」
「……え、文次郎?」
「ぎーん!」


ちんまい文次郎がギンギン騒ぎながら私の布団に飛び込んでくる所だった。


「な、なんじゃこりゃあああああ!!!」
「ギンギーン!」





























さらば、煩悩!
ようこそ無邪気!