遅すぎる始まり 初めて、校庭で見かけた瞬間から「気になって」しょうがない存在だった。 一年の時も、そのあともくのたまの奴らには痛い目ばっかり見せられてきて、気になるとかで色目気だつよりも、俺からすればなるべく関わり合いたくない存在だった。 だけど、授業と授業の合間に、ふと外から聞こえてくる高い笑い声につられて目を向けた刹那、目に飛び込んできたの姿。 その姿は、しなやかで、とび跳ねるように生き生きとしていて、笑顔を浮かべた額に汗が光っていた。 何かに取りつかれたかのように、名前なんてわからないその子が気になって気になってしょうがなくなっていた。 算盤をはじいている時も、眠ろうと瞼を閉じた時も、授業中でも、気になって気になってしょうがなくていつでも校庭にあの姿を探すようになった。 そうやってしばらく探しているうちに、違和感を感じるようになる。 「ん?」 こちらを見つめ返す二つの瞳。 黒々とした瞳のふちに、黒い睫毛が陰りを作る。 見つめ返されていた。 交わる先から視線がじりじりと音を立てていることにも気付き、そのまま窓から飛び出した。 後ろから、虎若が大声で何か言っているのが聞こえたが、それどこじゃないんだよ。 もう、今しかない。 弾む息を押し殺して目の前に立っただけで、地面がゆらゆらと揺れ始める。 「ねえ、」 なんて言えばいいかなんて明白すぎて。 笑っちゃうくらいだ。 「なんて名前?」 間近で見れば潤んだ瞳の中に、自分の姿が映りこんでいた。 いつ零れ落ちるのか、痺れるくらいに飢えた獣のようにその唇を見つめていた。 「……」 「ふーん、っていうんだ」 「うん」 すこし、警戒心が滲んでる癖に、隙だらけの返事。 もう、こんなに一言二言言葉を交わしただけなのに、予感がどんどんと身体中を支配していく。 俺は、をおかしくなるほど好きになってしまう。 誰かをこんなにも好きになるなんて今まで生きてきて絶対になかったってくらいに。 凪いでいたはずの風が突然、強く吹く。 「あ、あのさ」 「うん」 「今度、一緒に出かけないか?」 「……いいよ、団蔵」 無防備に垂れた手を取る。 初めて握ったその手は、細くて、すべすべしていて、少し冷たかった。 「どうして俺の名前知ってんの?」 「だって、くのたまだから」 「ふうん」 の耳が赤くなっているのを、苦しくなるほど嬉しいと思ってしまう。 「嬉しいよ、」 にっと笑ってみせると、ほっぺたまで赤くなるのが可愛くて、ますます虜になっていく。 「俺、これからの事いっぱい知りたい」 どうやったら笑顔になるのかとか、どんな声で話すのかとか、何が好きなのとか、嫌いなのとか、全部全部余すところなく知りたい。 そして、できれば……。 「うん!」 喜ぶ君を一番そばで見ていたい。 終 好きすぎて、から始まることもあるんだね。 |