めばえた 「うあー、疲れた」 「、なにその声、もうちょっと女の子なんだからましな声出しなさいよー」 「うるさいなぁ……そういうあんたは疲れてないの?」 「程はね」 くすくすと笑う級友の隣で、がっくりと肩を落としたはふてくされたように唇を突き出して頬を膨らませた。 「あー、別にあんたのそのフグ顔みたいわけじゃないからやめてー」 ぶーっと空気が抜けると二人して声を合わせて笑った。 風呂場に近づいて行くと、徐々に見知った顔が増えていき、いつの間にかくのいち教室の大移動みたいになってしまった。 勿論、たちが向かっているのは一日の疲れをいやすメインイベント。 お風呂だ。 「あ、今日はね、女湯もいっぱいになっちゃうからシナ先生が男湯の方も確保してくれたんだって!」 「「「「本当!!」」」」 喜びの声を上げるのも無理はない。女の子だって広いお風呂に入って「どぉわー」と大声を上げたい。男子の目がないこのチャンス。生かさないわけがない。 ニコニコ笑顔を並べてたちは、二手に分かれてそれぞれ暖簾をくぐった。 「お?」 潮江が自分のタライへ手を伸ばしたが、空を掴んだ。 「あー……くそ」 シャンプーを忘れてた。 石鹸で洗ってもいいが、丁度石鹸は先ほど仙蔵が「忘れた」とむしり取っていったばかりだし。 がりがりと、頭を掻く。 「どうすっかなぁ…」 このまま水をかぶって終いでもいい気がしなくもないが、気分的には頭を洗ってしまいたい。 なにせ、今日は散々嫌というほど食満のやつと小平太と三人で塹壕を掘りに掘りまくって誰が一番か大騒ぎまでしたのだ。 洗って、しまいたい。 「あ」 ふと眼をやると、隅の方にぽつんと置かれた容器。 「ラッキー」 誰かの忘れものの、そのシャンプーを使ってそのまま潮江は頭を洗った。 普段より泡立ちの強いそれに、心地よささえ覚えて、目を閉じた。 「なんだ……この匂い」 なんだか、嗅いだ事のある様な匂いだったが、一向になんの匂いだか潮江は思い出せなかった。 「どわー、しまったー!」 「あ?どうしたんだよ竹谷」 頭を抱えている竹谷に体を洗っている久々知が振り向いた。 「久々知ー!聞いてくれよ!シャンプー忘れた!」 「ああ、残念だったな。今、たった今なくなった」 その言葉通り、久々知は近くに置いてあった自分のシャンプーの容器を思いきり握りしめるとほとんど残っていなかった中身を一気に頭にひねりだした。 「ああああああ!お前そういうことする!?」 「ははははは!竹谷八左ヱ門、忍びとは常にサバイバルなのだよ!」 見せつけるようにわしゃしゃしゃと、頭を泡立てれば一気に泡が久々知の頭を覆う。 ぎりぎりと歯ぎしりをしながらも、そんな久々知を放置して後ろを振り返った竹谷。 「「わーごっめーん」」 同じく、空の容器を傍らに、雷蔵と三郎もわっしゃわっしゃと頭を洗っていた。 「ぐ、ぐそーー!!……あ!」 「「「あ?」」」 ばっと、竹谷は壁の隅に走っていくとそこに置いてあった容器を掴んだ。 「貴様ら見ろ!!天は俺を見捨てはしねーんだよ!!!」 高々と竹谷が掲げたのは、シャンプーだった。 大笑いしながら四人は頭をわっしゃっしゃわっしゃっしゃと泡立てまくった。 食事を済ませ、食堂から出た途端には誰かにぶつかった。 「わぶ!!」 「……か。お前へんな声出すな」 「あ、し、潮江先輩じゃないですか」 何度か強制的に委員会へ参加し、そのまま恐怖の鍛錬に付き合わされた事のあるは思わず身構えてしまう。だが、潮江は眉根を寄せて笑顔を浮かべた。 ぽんっと、頭を撫でられてしまいは戸惑ってしまった。 「気をつけろよ?」 「あ、は、はい!」 「ん?」 「それじゃあ、失礼します!」 「あ、ああ……」 ぺこりと頭を下げて、走り去ったの後ろ姿を見送った。 何かの違和感。いや、違和感じゃない胸の奥を微かにひっかく様な感触。 疼き? 「なんだ…これ」 ぼうっとが曲がった廊下の角を見つめていた。 そうしていると、その曲がり角から出てきたのは仙蔵だった。 その後ろには、5年の連中がぎゃあぎゃあうるさく騒いでいる。 若干、仙蔵の顔に不機嫌そうな表情が浮かんでいるのはその声にいらついているからだろう。 「……文次郎、どうした?」 「あ、いや。別に」 「だったらさっさと食堂に入れ。邪魔だ」 「おう」 と、その時、突然三郎が潮江の顔を凝視していることに気付いた。 さっきまでうるさいぐらいに一緒に騒いでいた三郎の顔が、にたりと笑みを作る。 「潮江せんぱーい」 「……なんだ鉢屋」 とっとっとと、近づいてきた三郎はふんふんと文次郎の匂いをかぐとますます笑みを深くする。 なにがなんだかわからず、たじろいでいると、仙蔵も何かに気づいたように文次郎の匂いを嗅いだ。 「やりますねー先輩も」 「あ?」 「ほう……この香りは」 したり顔で頷く仙蔵と三郎に訳がわからない文次郎は、不機嫌そうに顔をゆがめた。 「あ?なんだよ。はっきり言え」 「鍛錬にしか頭がないと思っていたが、よかったな文次郎」 「ああ、どおりであいつのことばっかりご指名で呼び付けると思いましたよ」 なにが始まるのか、五年の三人もわくわくした眼差しで文次郎たちを見つめている。 「いつからと付き合ってんですか?せんぱーい」 「は!?」 「文次郎水臭いぞ、私には何でも相談してくれるんじゃないのか?」 「ええええええええええええええええええええええええ!!!」 突如、大声を上げた竹谷に全員の視線が集まる。 「……あ、い、いや!な、なんでも」 「あれ?」 ぶんぶんと頭を振る竹谷を見て、三郎が首をかしげた。 「竹谷、お前も」 ふんふん三郎は竹谷をかぐと、首をひねった。 「同じ匂いがする」 「へ?」 「…って、文次郎!どこへ行く!!?」 突然文次郎は踵を返して、廊下をずかずかと歩いて行ってしまう。 「鍛錬だ!鍛錬!!!!!!!」 そんな文次郎に気を取られていたが、はたと気づけば竹谷もいなくなっていた。 竹谷はこっそり抜け出したあの場から程遠くない空き教室の中にいた。 顔は、首まで真赤に染まっている。 「あ、う……なんだよ」 ふわりと、髪から香る匂い。 言われるまで気付かなかった。 意識してみれば、そうだ、これはの匂いだ。 「あー、なんでこんなに」 心臓がばくばくと音をたてる。 が、笑ってる顔が瞼の裏に浮かんできてしまう。 「好きなんだろ…」 頭を抱えると、やっぱりのにおいが胸一杯に拡がってしまった。 誰もいない鍛錬場の壁に、背を預けてそのまま座り込んだ。 ああ、くそ、匂いが、取れない。 「の、」 解った瞬間にもう、体の中がざわついてしょうがない。 こんな顔誰にも見せられねぇ。 「匂い」 意識してしまえば、苦しくなるほどに、その薫りでいっぱいだった。 耳まで熱い。 「俺は、どうしちまったんだよ」 もういっそのこと、をこの腕に抱きしめてみれば答えが出るんだろうか。 終 君の匂いに包まれていたなんて。 |