教室に入ったら異世界でした。 ナデナデマイラバー 「あ、ちゃーん」 こちらを振り返った雷蔵のいつもの笑顔があまりにも、浮いているくらいに教室の中は「普段」と隔絶された空間と化していた。 後ろから最早羽交い絞めに近い恰好で三郎を抱え込んで、満面の笑みを浮かべながら竹谷が三郎の頭を撫でまくっている。l 凶悪な表情を浮かべた三郎は抵抗するでもなく、胡坐をかき怒りをあらわにしながらも竹谷の腕の中におさまっていた。 この空間に、いつもの四人と私だけしかいないことがせめてもの救いなのだろうか。 固まったまま動かないでいると、不思議に思ったのか雷蔵がこちらを見ながら小首をかしげた。 「ん?どうしたのちゃん入っておいでよ」 「うわぁ、偏見とか自分は絶対しないと思ってたけど……引くわぁ」 「あぁ?黙れ」 「三郎、いいんだよ。私が見ちゃったからあれなんだよね…。そんな怒ってるんだよね?ごめんね、大丈夫、私……誰にも言わないから!!」 あえて近づかずに、三郎へとエールの言葉を送ってみると、案の定奴は動けないらしい。 「てっめ、!お前分かっててそれ言ってんだろ!!こっち来い!一発殴って私の怒りを味わえ!!!」 「ううん、いいの!そんな無理しなくてもいいんだよ!!」 「うはーもはもはもはしてるー」 「たっけや!お前黙ってろ!つか、そろそろ交代だ交代!!」 何やら意味不明なうめき声を上げながら、満足げに目を細めている竹谷の腕の中俄然暴れ出した三郎だったが、流石生物委員といっていいのか……三郎は抜け出せずにいる。 「兵助!!!」 痺れを切らした三郎が久々知の名前を呼ぶと、はいだか、ふぁいだか、よくわからない気の抜けたような声で返事を返しながら立ちあがると、ずかずかと私の方へと歩いてきた。 「ん?」 「ん」 首を傾げると、久々知は頷きながら私の手首をがっちりと掴んだ。 そして、そのままぐいぐいと微かに抵抗を見せる私をモノともせず異常な空気を発している竹谷と三郎の近くまで連れて行かれた。 「いーやーやー!」 「なにが?」 「いや、なんとなく言った方がいいかなって」 「うん、言わなくても別にいいけど」 「あ、そうですか」 久々知とよくわからないやり取りを繰り広げている隙に、私の開いている方の手を素早く掴んだ手があった。 「捕まえたぞ、」 地の底を這うような声に、ぞっとしながらそちらを見れば、凶悪な笑みを浮かべた三郎がこちらを見上げていた。 背後には彼の髪を撫でる、頬ずりをするなどといった行為をしている竹谷が見え隠れ。 不気味度満載だ。 「さあ、交代だ!!!!!」 「え?あ、ちょ!?」 ぐうっと、手を強く引かれたかと思った瞬間視界が反転し、三郎の代わりに私の体は竹谷の腕の中にすっぽりと収まっていた。 三角座りをした私を後ろから竹谷が抱きしめている形。 自分が竹谷の足と足の間にいると、認識した時にはもう彼の片腕が胸の下でぎゅううっと力を込めていた。 もう片方の手は、私の頭に添えられ、なでなでと優しく撫でてくる。 「え、や、ちょ、ちょっと竹谷!!?」 「フハハハッハハハ!私のことを馬鹿にした罰だな!!今度はお前が竹谷の暴走撫で撫で地獄を味わうがよい!」 「な、なにそれ〜!?」 「あーもー、三郎落ち着いてよね」 「だじけてーらいぞうー!」 苦しいとかそんなこと全くなかったけれど、その代わりに死ぬほど恥ずかしい。 何が悲しくて、付き合ってもいない奴に……だ、抱きしめられながら頭を撫でられなくちゃいけないんだ! 「ごめんね、ちゃん。そうなっちゃうと私たちにもどうしようもできないんだ」 「うぇ……くくちー」 「なんか、人間の大きさが無性に恋しくなる時期があるんだろ。馬じゃでかすぎるってさっき言ってたし」 「で、でも私!」 「デモもへちまもあるかーい!」 ニヤニヤと急にご機嫌になった三郎は、殆ど抵抗のできない私のほっぺたを掴んでむにむにと伸ばす。 「や、ふぁめろぉ〜!」 「なに言ってるか聞こえないねぇ〜」 「た、ふぁけやぁ〜!」 「ん〜、サラサラだサラサラ……可愛いなぁ…いい子だなぁ〜サラサラ〜」 「っ!!!」 思わず唇をかみしめる。 普段全く聞いたことのない、甘い声が耳に擦れる。 顔に熱が集中してくるのが自分でも分かってしまう。 早く、どうにかしなければ! 「おーい!みんなぁ、なんか食堂のおばちゃんが手伝って欲しいんだって〜」 がらりと教室に入ってきた尾浜。 私と竹谷の姿が目に入ってるはずなのに、何の動揺もせずに来てくれと手招きをしている。 「あ、本当?じゃあ、皆でいこっか?」 「ふふふん、手伝いしたら今日のおかずに豆腐おまけしてくれるかなぁ」 「じゃあ、尾浜すぐ行こう!みんなですぐ行こうぜ!」 「?ん、ああ」 「ちょ、ちょっと待ったああああああ!」 必死に手を伸ばして、三郎の袴を掴もうとするが、絶妙な立ち位置に立たれているせいで、指先が布に触れることしかできない。 雷蔵が申し訳なさそうに両手を合わせてくる。 「ごめんね、ちゃん。竹谷そうなっちゃうと、当分そのままだから……ごめんね!」 「当分って……あ、ちょ、ちょっと!!!」 「ご愁傷さま」 「久々知まで!な、あ、もおおおおお!」 「ん?話はまとまったのか?したらば、行こうぜー」 「おっばまああああ!鬼!悪魔!空気読んで登場しろおおお!」 「…、ごめん!」 「その一言で許されると思ってんのおおおお!」 ぐいぐい後ろに引っ張られる力から逃れようとするせいか、腹の底から声が出た。 ただし、四人には私の哀願が一切届かずに無情にも教室の戸は閉められてしまった。 必然的に、誰もいない教室に竹谷と二人きり。 後ろから抱きしめられたまま。 「……ね、た、竹谷?」 「サラサラだなぁ…本当」 竹谷が口を開くたびに、恥ずかしさが募り何も言えなくなる。 二人きりになったことにより、さらに緊張まで生まれてしまいうまく呼吸すらできなくなってきた。 ふわりと、髪を梳く竹谷の指。大きな掌が頭をゆるゆると撫でる。 「た、竹谷……離して、お願い」 「…………」 ぎゅうう。 ぴったりと竹谷のお腹と私の背中がくっついた。 「嫌だ」 泣きたくなった。 でも、悲しいとか嫌だからじゃない。なんで、泣きそうなんだろう。 自分に意味を問いかけてから、そっと体の力を抜いた。 きっと、竹谷が頭を撫でてくれるのがあまりにも優しいからだ。 「………うまく、いったな」 「うん!よかった〜……」 「俺の出てくるタイミングもばっちりだろ?」 「…だけど、なんで私があの役やらなきゃいけなかったんだ」 「……そりゃ、三郎がくじで当り引いたんだから」 「うう!雷蔵変わってくれたって」 「嫌だ」 「……なんで久々知かわって」 「嫌だ」 「尾浜」 「ごめん」 「……あいつら付き合わなかったら私は全力をかけてあの二人を不幸にして見せる。今決めた」 終 |