気付いていないのは君だけ どうも朝起きた時から変だ。 体と自分の考えとが僅かに一致しない様なそんな違和感。 それでも、普通に生活するにはなんの支障もない。 三郎は、そんな少しのイライラを抱きながらもいつも通り授業へ、雷蔵と連れだった。 「三郎、どうしたの?」 「別に何でもないけど」 雷蔵の問いにも、ぶっきらぼうに答えてしまう。 どうにも、本調子じゃないイライラ。 「あ、ごめん…雷蔵」 「ううん、なんでもないんだったら、いいんだよ」 雷蔵は、手慣れているように朗らかに笑って私の背をぱしりと叩いた。 自分でもどうしようもないけれど、誰かに当たるのも面白くない。 いや、当たられる方が面白くないだろう。 自然と無愛想な表情になるのがいやで、ついつい地蔵やら魚やらウケを狙っている訳ではないが、そう言った「表情」とは無縁の変装ばかりしていた。 大体の奴がそれを見て呆れたように笑っていた。 こっちの苛立ちなんて気付きもせずに。 「鉢屋三郎先輩、どうしたんですか?」 のらりくらりと友人たちをかわしてはいたのだが、放課後の委員会の時間になった時にボロが出てしまったようだ。 庄左ヱ門が、首をかしげながら今まで読んでいた教科書から顔を上げてこちらを不思議そうに見つめていた。 「ん?どうして?庄左ヱ門、私何か変だったか?」 「……ええ、鉢屋先輩先ほどから、ずっと同じ頁を見ているので」 「ああ、ほら、問題が難しかったから」 きゅっと、眉根を寄せてはっきりとした口調で庄左ヱ門が答えた。 「いつもの鉢屋先輩だったらそれぐらいの問題もっと早く解けています。心ここにあらずと言った様子でしたよ」 思わず目を見張る。 この子は一年生ながら、よく見ている子だ。 つきりと、なぜだかこめかみが痛む。 慣れ親しんだはずの乾いた紙の感触が、なぜだかよそよそしい。 どう答えたものか、曖昧に笑みを作っていると、唐突に頭をぽかんと叩かれた。 全く持っての不意打ちで驚いて思わず声が出てしまうほどだった。 「こーら三郎」 「あ!先輩!」 「庄左ヱ門、今日の委員会は終わり!各自自室で自習してください」 「はい!」 「彦四郎もね」 「あ、はい」 所在なさげにしていた彦四郎が慌てて立ち上がり、つられて庄左ヱ門も立ち上がった。 はそんな二人の頭を「よし、明日も頑張りましょう!」と、ぐりぐりと撫でてから送りだした。 学級委員が委員会として頑張ることなんてないだろうと、心の中でぼやいたのがばれてしまったのだろうか。 二打めの頭への衝撃が走った。 「お前なー、紙だからってそうやってぽかぽか人の頭叩くな」 「…三郎、あんたわかってんの?」 「は?」 ため息をついて、は私の隣にしゃがみこむと、呆れたように顔をほころばせた。 そして、何を思ったのか両頬に手を添えて、そのまま額をくっつけてきた。 不意な急接近になのに、どぎまぎしてしまう。 「え、あ……」 「熱あるんだよ?」 「は?」 「雷蔵も心配してた。竹谷も久々知も」 呆れたような笑い顔がみっつ、浮かんでは消えた。 「なんていうか、変装の天才は人のことばかり気にしてて、自分の事はなんにも分かってないんですね」 「おま…」 「でも、大丈夫。私たちはちゃんと分かってたから」 至近距離でくすくすと笑うの声が心地よい。 なんだ、すごく簡単なことだった。 理由が分かってしまうと、朝から感じていた苛立ちは嘘のように消えていく。 代わりに、柔らかい気だるさが体を包み込む。 「ので、今日はしっかり自室で養生してください?」 「……一人で?」 「なんで?」 「寂しいじゃんー」 調子に乗るなと、の手が頬を更に挟みこめば、妙な顔になってしまう。 それを見て、また笑みを深くする。 反撃だとばかりに、体格の差でにどばーっと覆いかぶさると、笑い声二人で上げながら床に倒れ込んだ。 「あー、熱があるからちゃんと歩けないー」 「嘘つけ!今日一日中しっかり授業までこなしてたじゃん!」 「ほんとほんと、あーがちゃんと責任もって部屋まで連れていけー」 「もー!甘えるな!」 笑いながら言われても、なんの説得力もないって。 あとで、リンゴはウサギの形にして剥いてもらおっと。 終 |