今年最後のかきごおり






























あれほど、さっさと夏なんて過ぎてしまえ。暑いんだよ!と、口汚く罵っていたくせに、いざ気付いてい見ればいつの間にか季節は勝手に過ぎ去ろうとしていた。
肌を撫ぜる風は、思わず身をすくめる程度に寒い。
だらしなく緩めていた着物の襟を両手でしっかりと、合わせた。
暇を持て余している割には、何をするでもない。
する気にもならず、ぶらぶらと歩いていた。
誰かと馬鹿みたいに笑いあう気分でもないし、かといって体を思いきり動かす気分でもない。
何にもしたくない癖に、何かしたい気はする。
矛盾している。
自分へ皮肉な笑みを浮かべたは、段々と音のない方ない方へと歩いていた。
すると、時間も時間なせいか、たどりついた先は食堂だった。
おばちゃんは休憩だろうか、食事の時にはあれほどの賑やかさはまるで嘘のように静かな空間。
きしりと、小さい足音を立てて中に入る。


「あ」
「……よっ」


誰もいないと思って足を踏み入れてみれば、こちらに背を向けて座る三郎がいた。
なんの警戒心もなく、三郎へと近づいて行けば、くつくつと三郎の喉が鳴った。


「何笑ってんの?」
「んー……まさか、俺以外にもここに来る変わりもんがいたのかってな」
「……変わってないもん」
「そうかもな〜」


あからさまに馬鹿にされている。
しかし、嫌な気はなぜかしない。三郎と何度もこんなやり取りを繰り返しているせいだろうか。
どすんと音を立てて三郎の隣には腰を下ろした。


「……なにやってんの。あんた」
「むしろ、何食べてるって言えよ」
「いや、だってそんな苦無なんて……ねぇ?」


確かに、三郎が目の前に置いてるものと、口に運んでいる物のちぐはぐさと言ったら。
三郎はでんっと、目の前に置いた大ぶりの盥に丸々とした氷の塊を入れていた。
それに突き立っている、黒い鋼。苦無。白く傷つけられた表面は、その黒さを一切受け付けていない。
横から見ていても、分かるほどにつり上がる三郎の唇。


「だって、かき氷作るのにはこれが一番なんだよ」
「へー……」


上機嫌で手にした木製のスプーンで氷を掬いあげて口に運ぶ。
しゃくりと、三郎の口元で薄い氷が割れる音にしばらく耳を傾けていたは、特に何か言うでもなく、ぼんやりとその姿を見ていた。
三郎の方も、そんなを気にするでなく、器が空になればまた気ままに氷塊に鋼を立てて氷を掻いた。傍らに置いたシロップをこれまた好きなだけかけて、口へと運ぶ。


「ねえ、なんで赤い苺は使わないの?」


二度目の氷かきを終えた三郎にがぽつりと問いかけた。
無言のまま、三郎はしばらく手を止めてから赤いシロップへと手を伸ばした。
ぴゅーっと赤い液体は真っ白い氷片を染め上げる。


「ん、」
「………」


唇の前に、どうぞと差し出された赤いかき氷。


「どうぞ」


つんっと、唇にスプーンの端が触れただけで、冷たさに首の後ろがぞくりと粟立つ感じがした。


「けど、これ食べたらは私のこと、好きになるよ」


悪戯っぽく笑ってるくせに、その言葉には嘘も偽りも何にもない。
あるがままの言葉すぎて、いっそのこと意味を見失いそうになる。
目の前にある氷が真実なのか、それを彩る赤いシロップが誠なのか。
頬杖をついたまま、ほんの少し上にある三郎の顔を見つめる
不意に、の唇が吊りあがった。


「毒喰らわば、皿までよ」


ぱくりと、赤も白も何も考えずに口にした。
甘くて、冷たくて、心地よい。
きっと今年最後のかき氷。


「あー、毒はいってるかもな」
「いいよ、死ぬなら一緒に死のうか?」


途端に、あんなに何もする気もなかったはずなのに、は三郎の手からスプーンを奪い取り、今度は自分が赤に染まった氷を掬いあげて三郎の口元へと運んだ。


「お前と心中とか、マジごめんだわ!」
「はっ!?私と一緒に死ぬのがいやなら惚れさせるなこの馬鹿三郎!」
「アホ。それはこっちのセリフだよ!ここで死んでたまるか!むしろ、これからが楽しくてしょうがない毎日ってやつを一緒にするんだよ!」
「あ」


とりあえず、と、差し出した氷はしっかり三郎の口の中に消え、今度は氷なんて全部溶けだしそうな勢いで、抱きしめられた。
笑った二人のべろは頬に負けず劣らず赤かった。