風の強い日 風が強く吹く日は期待してしまう。 がたがたと戸が揺れるたびに、もしかしたらと変な期待が胸を膨らませる。 だけど、来てくれるわけがないと言うのも分かっているから、たちが悪い。 「まあ、だからこそ」 ぴゅうっと、風が髪をなびかせて視界が一瞬自分の髪の毛で遮られるが軽く首をひねれば問題なし。 「燃え上がるんだけどね」 自分の笑みに似た三日月を背中に三郎は、瓦の上でにたりと笑った。 視界も良好、風だけが強めにぴゅうぴょうと、耳元でか細く泣きわめいている。 草木も眠る丑三つ時。 まだまだ、元気なにんたま達は勝手気ままに好きなことをしているが、三郎の経験から言わせれば、こんな時間になればくのたまは大体眠りについている。 そう、夜更かしはお肌の敵ってもんだ。 だってもうとっくのとうに夢の中のはず。 すぴすぴと寝息を立てているを思い浮かべて、三郎の笑みはますます深くなっていく。 「さて、行きましょうか?」 問いかけるのも答えるのも自分だけれど、三郎は一気に瓦を蹴った。 強すぎる風にあおられれば一瞬の浮遊感はいつもより長く、落下速度はいつもより早く感じる。 にまっしぐら! 今の気持ちにピッタリの行動をとってみれば、着地すら完璧。 両手両足を突いて、顔を上げれば目的の部屋。 すっかり明かりも落ちて静まった戸が、無防備にたたずんでいる。 「〜?」 自ずと顰めた声で、はやる気持ちを抑えてそっと中へと入る。 誰かが部屋に入ってくると言うことまで考えなかったらしく、罠もなくすんなりと入りこめた。 きし、り……きし…… そんな些細な足音は、強い風の音が立てる音に全部飲み込まれており、気にする必要もないのだが、やはり……気分が盛り上がると言う理由で三郎は意識的に足音を潜め、そっと侵入する。 闇に慣れた目が捕えたのは膨らんだ布団。 「う、く、くく……〜?」 もう、ここまで来るとこみあげてくる喜びを我慢できなかった。 確実にみんなに引かれる様なひきつった笑いを微かに上げながら、三郎は布団へ飛び込んだ。 「あ、り?」 抱きしめる予定だったはずなのに、三郎が飛びかかると布団は何の手ごたえもなくへちゃりと押しつぶれてしまう。 「………う、な、なんでいないんだよおおおおお!」 いると思っていた筈の、眠りこけたがいない! 三郎の予定では、ここで寝ぼけたへあんなことやこんなこと、果てには、むっふんうっふんあーん、そこはだめよ!までイクはずだったのに……… 「のばか野郎〜〜!!」 にかまってもらえない寂しさに任せて三郎は、そのままの布団の中へともぐりこんだ。 まだ温かく、が布団から出てさほど時間が経っていないのがわかるが、本人がここにいないのならば意味がない。 「…………の、匂いがする」 布団の中ですうすうと、呼吸を繰り返すと大好きなの匂いがふんわりと三郎を包み込んだ。 「」 ― んっ、さぶ、ろぉ ― 一人じゃ、寂しいよぉ ― あっ、ん……んん ― くちゅ むらっとした。 「、私が欲しくてしょうがないからって一人でなにしてるんだ」 ― ひっ、あ!!?やだ、み、みないでぇ もぞ ― ふゃ…あぅ、や、そ、そんなとこ触ったら 「触ったら?」 ― あっ!!や、へ、変になっちゃうよぉ!! 「ーーーー!!!」 うつぶせになって、思わず腰を布団へ擦りつけてしまう三郎であった。 「うあー……いい湯だったぁ」 風がガタガタとうるさくなかなか寝付けないのもなんだから、みんながいない広い風呂を一人で堪能するのもいいだろうと、は遅い入浴を楽しんで部屋へと戻ってきた。 「ん?あれ?」 部屋に戻ってきてみれば、一人きりの部屋のはずなのに、自分の布団がもっこりと膨らんでいる。 ある予想を持ちながらも、は布団の側へしゃがみこんでぺらりと掛け布団をめくってみた。 「やっぱり」 案の定見慣れたふさふさの髪の毛。 だけど、いくら雷蔵の髪の毛にそっくりだろうと、これが雷蔵なわけないと言うのも分かっていた。 「三郎さーん?なにしてるんですかー?」 「んー、〜……」 「寝てるし」 むにゃむにゃと何事やらを呟いている三郎のほっぺたをつんつんとつつくと、それはそれは嬉しそうに締まりのない笑顔を浮かべる三郎。 「本当、あんたも暇だね?」 風が、外で強く吹く。 不安をかきたてるようなあの音も、三郎の前では形無しだ。 「とりあえず、寝ましょうか……」 は、三郎が眠る横に体を滑り込ませた。 風が強く吹く日は期待してしまう。 もしかしたら、来てくれるかもしれないって。 そんな期待もそのまま現実にしてくれる三郎の寝顔を見て、は思わず笑ってしまった。 「三郎、大好き」 「ん、〜私も……す、き……」 最後の方は、むにゃむにゃと聞き取れないが、それで満足だった。 終 |