小さな種


































借りていた本を返そうと、三郎の本を抱きしめて彼を探していた。
ようやく見つけたと思った三郎は、後輩のくのいちの子たちに囲まれて、楽しそうに笑っている。
三郎が何か言うたびにころころとかわいらしく笑い声をあげる後輩たちは皆かわいくて、私なんかが敵うわけがない。


「三郎先輩、今度変装のコツを教えてくださいよ」
「ねえ、三郎先輩、お願い」


甘ったるい声も、あんな華々しい笑顔も私にはできない。
三郎は、そんな後輩たちのお願いに困ったような仕草をしているが、にこにこずっと笑っていた。
私といる時とは大違い。
私があんなこと言ったら、無理やり変な顔を私の顔にくっつけたり、雷蔵の顔か、しんべヱの顔にされちゃったり…するのに。
なんで。
なんで、笑ってばっかりなの?
なんで、私に手を振ったの?


「あ、!」


私に気づいた三郎が手を振った。その瞬間、周りにいた後輩たちの視線も私を貫いた。
私と、彼女たち。
私は、実習の後で、泥が袴についていた。
彼女たちは、泥なんてついていないきれいな格好をしていた。
私は、髪の毛もぐちゃぐちゃで。
彼女たちは、一分の狂いなく整えられた髪をしていた。
私は、こっちに走ってくる三郎の胸に本を押しつけた。


「これ、借りてた本!ありがとう!」


思わずぶっきらぼうにそう言って、三郎が変な顔をしているのにも気づいていたけど無視して、来た方に歩いて行った。
もう、あの子たちに見られていたくない。
三郎は、きっといつものことだと思ってあの後輩たちと仲良くしゃべっているはずだ。
私なんかよりも、あの子たちとしゃべってればいいじゃない。
だから、私にかまわないで。
私に、優しくしないで。






































興味がないのならさっさと言ってくれればいいのに!
変な期待を持っていた自分が馬鹿みた、い。
私は胸のいらだちを込めて小石を蹴った。
案外力を込めてけったはずなのに、石はそんなに飛ばずに、ころころと勢いなく転がっただけだった。
そんな私の姿をどこから見ていたのか、笑い声が上から降ってきた。


「なーにしてんだよ」
「……関係ないでしょ」


そう、関係ない。
あんたなんかに関係ないんだ。
私の、このもやもやは関係ないんだから。
ほっといてよ。


「なんだよ〜、ご機嫌斜めじゃん?」
「うるさい」
「……かわいくねーの」


こんっと、頭に何かが当たる。
足もとに落ちてきた、一つのどんぐり。
かわいくないだなんて自分が一番分かってるのに。
なのに、言わなくたって……


「わっ!な、なんだよ!!?」
「…うる、さいっ!」


鼻の奥がツンと痛くて、こんなところで泣きたくなんかないのに涙がこぼれてきてしまった。
本当、私ばっかり……馬鹿みたいじゃない!
慌てて、隣に降りてきた三郎が私の肩に触れた。
その瞬間、はじかれたようにその手を払いのけてしまい、はっと、三郎の方を振り向いた。
眉根を寄せて、への字に曲げられた三郎の唇。
ずきりと、胸が苦しい。


「ほっておいてよ!!」


我慢できずに、思わず走り出した。


「あ、おい!!!」


やめて、やめてやめて!
追いかけてこないで。
もう、バカみたいに私は声を押し殺して走った。
こんな自分が大嫌い。














































ぐずぐずと止まらない涙。
さっき見た三郎の顔。
私には、あの子たちみたいにはできないから。
だから、私は私が嫌いになる。


「ばか」


三角座りをして、顔を腕の中に埋めた。


「大っきらい、大っきらいきらいきらいきらい…」


なによりも、私が。
あの子たちがうらやましいんだったら着飾ればいいじゃない。
三郎の目を引こうとして甘ったるい声の一つでも出せばいいじゃない。
『かわいくねーの』
また、じわりと涙がにじんだ。
どうせ、かわいくなんかないって知ってるもん。


―コンッ


〜」


どんぐり。


―コンッ


「おいー、聞いてんのか?」


―コンコンッ


「ハァ……そんなに私が嫌いか?」


溜息、なんて、嫌いだ、なんて、そんなのやめて、よ。


「……大っきらい…か」


嫌いなのは、私なのに。
ちがう、


、ごめんな」


ぽんっと、頭に大きな三郎の手。
なんで、謝るの。
やめてよ。
悪いのは、私なのに。
思わず、涙でぐちゃぐちゃの顔をあげると、目の前に三郎の顔。


「私は、どんなでもかわいいよ。かわいくないなんて言ってごめんな?」


ははっ、すげー顔と、三郎が笑って、親指の腹で私の目尻をこすった。
包まれたほっぺたが、気が狂ってしまうほどにあったかい。


「…私、かわいくなんか…ないもん」
「すっげぇ、かわい」


にかっと、いつもの三郎の笑顔だった。
あの子たちに向けてるのとは違う、いつもの笑顔。


「ば、か」


また、泣いちゃうじゃない。



































































好きだって言わなくったって、伝わってると安心しきってたんだね。
しくじった。