夜半
白い顔の女は、こっちにゆっくりと手招きを繰り返す。
女の顔は真っ白で、目も鼻も口も何もないのだ。
おいで、おいでと手を揺らす。
きちんと、袂が揺れないように顔と同じように白い手でそこを抑え込んでいる。
私の頬を滑る冷たい汗。
ああ、あっちに行ってはいけない。
ふと、女の見えない口が真っ赤に開いた気がした。
なぜ躊躇している?お前は、私と同じだろう?
お前も、顔がないのだろう?
そう言っている気がした。
私は怖くなって自分の顔へ手をやる。
すると、手に触れるのはこの顔になじんでしまった友人の顔。
目に、鼻に、口に、完璧に私の顔には雷蔵の顔が張り付いている。
だけど、その下は?
べりと、変装をはがす音が、耳にこだまする。
確かめようと、「鉢屋三郎」の顔をなでようとした時、はらはらと空から何かが降ってくる。
幾千、幾万もの顔だった。
いろんな顔があった。
学園中の人の顔があった。
村中の人の顔があった。
城中の人の顔があった。
みな、目を閉じて、落ちてくる。
地面に落ちて、どんどんと重なっていく。
ああ、こんなにも顔があったのか。
呆然とする私の眼に映るのはやっぱり白いままの顔をした女。
一枚の顔が落ちてくる。
よく見知った顔。
私の大好きな人。
「」
ぽろりと口から彼女を呼ぶ声がこぼれると、すうっと白い女の顔にの顔が張り付いてしまった。
「」
やっぱりの顔が張り付いても、女は一言も口をきかずに手招きを続けるだけ。
ぐるりと、の瞼があいても、そこからは白い女の顔が少しのぞいているだけだった。
腹がたったので、女からを奪い返してやろうと思うのだが、足元は降り続ける顔でうずもれてしまい、身動き一つできなかった。
「ん」
ぺたぺたと、顔をなでる感触で眠りの深みにはまっていた意識が浮き上がってくる。
誰かが、瞼や鼻、唇、頬、耳、額と、顔の余すところなくなでまわしている。
恐怖で、身を固くする。
怖い。
ああ、もしかしたら先日、三郎から無理やり聞かされたあの幽霊なのかもしれない。
顔のない女。
顔が欲しくて、顔が欲しくて、眠っている生徒の顔で気に入ったものがあるとはがして持って行ってしまうと、三郎は言っていた。
怖い。
怖い。
あまりの恐ろしさで、寝ている振りを続ける。
もし、目を開けてそこに白い顔があれば、私の顔を持っていかれてしまうかもしれない。
光のない世界で、私はその手が消えてなくなるのをじっと待った。
それなのに。
それなのに、手は執拗に私の顔を幾度も幾度もなでまわす。
それに、その手は氷のように冷たいのだ。
あまりの冷たさに、触れられるたびに無言で体を震わせた。
ちゅ
ようやく手が離れたと思ったら、今度は生暖かい感触が唇に触れた。
生暖かいそれは私の唇を割って、中に入り込もうとしてくる。
あまりの恐怖で、がくがくと体が震える。
硬く閉じた歯を思う存分味わったそれは、糸を引いて口から出ていった。
ああ、良かった。
もういなくなるかもしれない。
それなのに、今度は生暖かいそれが唇の端を滑り降り、顎を滑り、喉へと這っていく。
胸元には未だ冷たい手が入りこんできた。
何かがおかしいと、ようやく気付いたのだが、目を開けるのは怖くて、そっと小さく呟いた。
「さぶろぉ?」
なのに、返事はなくて、ゆったりと懐へと忍びこんでくる指先。
指先が胸の頂に触れたときに、ようやく私は恐る恐る目を開いた。
視界に映るのは、見慣れた雷蔵の髪。
それだけでは、顔がどうなっているか分からず、まだ震える指でその頭を捕らえた。
両手で優しく包み込み、そっと首元に埋まっている顔を起した。
抵抗もなく、こちらを向く顔。
雷蔵の顔。
ようやく、これが幽霊などではないと一安心したのだが、彼の指はいやらしくも私の胸の頂を指先で弄ぶ。
「ん、やめ」
一言も口をきかずに、意地わるくほほ笑む雷蔵の顔。
「どっち」
もう、誰が誰だかわからない。
ただ、目の前に差し出される快感を拾い上げて、今度はその刺激に体を震わせる。
「んぅ」
そのまま、深く口付けを施される。
「っ!?」
冷たい指先が、突然足首を捉えた。
するすると、上を目指して上ってくる。
凍るような冷たさと、内腿を刺激するその感触に足を震わせた。
誰なの?
目の前にいるのも、足をつかむのも誰なの?
もう、わけも分からずに与えられる快感に身悶えた。
「」
終
ちょっとホラーチックに。
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