わざとなのにさ 「あ?なんでこんなに寒いのさぁ」 あんまりにも隣から不機嫌そうな声が聞こえてきてびっくりした。 顔を向けるとやっぱりさっきと何にも変わらないいつも通りの兵助が、袢纏をしっかりと着こんでその上マフラーまで巻いて鼻の頭を赤くしているだけだった。 ああ、なんだ。 私の気のせいか。 兵助があんなに凶悪そうな声を出すわけがないじゃない。 ホッと胸をなでおろした瞬間に 「だから、なんでこんなに寒いのさ」 やっぱり兵助の声だった。 あまりにも、平静と変わらない表情でそうおっしゃる兵助は非常に不気味というか、計り知れないというか。 「知らないわよ。冬だから寒いのよ」 「だって、昨日はあんなに暖かったんだよ?なんで今日ばっかりこんなに寒いのさ」 「そうだね……兵助昨日はすごい元気に走り回ってたもんね」 そう言われてみればそうだった。 昨日は冬だと言うのにそんなに寒くなくて、授業のマラソンなんて暑くて汗が出てしまうほどったった。 「ほら、。私の手、すごい冷たい」 さっと手を取られて握りこまれた。 「ぎゃ!なんだお前の手!冷た!!!」 そして、叫び声をあげられて私のかわいそうな手は、撥ねつけられた。 なんだ、こいつ。 失礼な。 「うわー、手冷たすぎ」 そこで、やっと眉をひそめた兵助。 だけど、ひどくない?自分で手握ってきた癖に撥ねつけるとか。 思いっきり笑顔を作って兵助にそっと近づく。 まだぶつぶつ寒いのは嫌だとか、なんであったかくないんだよとか、文句を言っている兵助は私の行動に気付いていない。 「はーい、ちょっと失礼しますよー」 「ぎゃああああああ!!!」 ずぼっと兵助の首筋に両手を突っ込むと、いやー、あったかいあったかい。 ぬっくぬくで、すべすべ! だてに豆腐食べてないな…兵助。私も食べようかな。 「〜〜…」 「ん?」 はたと、気付くと兵助が目の前でこっちを睨みつけていた。 そして、そのまま兵助がにっこり。 つられて私もにっこりとほほ笑んだ。 まずい、嫌な予感がする。 「、お返し」 「いやぁあああああ!!!」 ずぼっと今度は私の首筋に両手を突っ込んできた兵助。 つ、冷たい! なんだこいつの手は!豆腐でも握ってたんじゃないの!?ってくらいに冷たい。 ぞぞぞぞっと、体をその冷たさが走り抜けて肌が粟立つ。 ぎゃあぎゃあと、騒ぎながら地団駄を踏むと、兵助も一緒にわあわあ「のせいだからな!」とか、言ってくれてる。 くそう。 それでも、なんだかんだで結局は二人で大笑いしてた。 「おーい!お前らそんな所で何やってんだよー!」 「ん?」 「お、竹ー!」 縁側の方を振り向いてみるとそこには、見慣れた顔が三つ、いや二つ? 「お前ら、こんな寒いのによくそんな所で遊んでられるなー」 あきれたような顔をしてこっちを見てくる竹谷が抱えているのは、火鉢。 はっと、私と兵助は顔を見合わせてお互いの首元に手を突っこんだまま、三人へ走り寄った。 「うわ、お前ら気持ち悪!離れて普通に歩いてこいよ!」 「だって、三郎。もう寒くて手が出せないんだよ」 いけしゃあしゃあと言い放つ兵助に、雷蔵がくすくすと笑って、それじゃあしょうがないねと言ってくれる。 ああ、大好き雷蔵。 「あれ?雷蔵と三郎が持ってるのって……」 「そうだよ、今から部屋で焼こうと思って」 二人が持っているのは、お餅やらお醤油やらきな粉やら。 「には餅いらないんじゃないか?」 「は?三郎なんでよ」 「太る〜はどんどん膨らんでくー、それは餅のようにー」 「な!何!?その変な歌!!!」 大声でその歌を歌いながら三郎は竹谷の部屋へと走って行った。 みんなに聞かれる! 焦って、追いかけようとしたが、兵助の首筋に突っ込んだままの手が邪魔して動けなかった。 「まあまあ、ちゃん。みんなでお餅食べようよ」 「そうだよ!はもう少し太った方がいいから食え」 「ちょっと、竹谷。それ慰めにならないし、食べるのためらうから」 「そっか?」 「あ!」 不意に兵助が大声を上げたからびっくりした。 兵助は空を見上げて、笑っていた。 「ほら、見ろよ。雪降ってきた」 「あ、本当だ」 つられてみんなで見上げた空からは、はらはらと雪が降り始めた。 「それじゃあ、お餅食べにいきますか!」 「そうだね、三郎待ちくたびれて拗ねちゃう」 慌てて、部屋へと向かう雷蔵の後を竹谷が火鉢を抱えて追いかけた。 「な、」 「ん?兵助どうしたの?行こうよ」 ああ、よくよく考えれば私たち本当に変な格好してるな。 向かい合わせの兵助の顔がにっこりとほほ笑んだ。 「なあ、」 「なに?」 「めりーくりすます」 聞いたことのないその言葉に、なぜかどきりとしたのは兵助の顔があんまりにも近かったからだ。 そうに、違いない。 終 08年メリークリスマス企画 |