夏の底で



































畳の上が心地よい。
横向きになったほっぺたに痕がついてしまうかもしれないと、小さく微笑んだ。
指先を立てて軽く畳の上をなぞると、微かな音が部屋の中に生まれた。
静かに、静かに、蝉の声が部屋の外で響き渡っていた。
目を、閉じる。
しばらくそうしていると、ふとした瞬間に、鼻をくすぐったのは井草の香りでも、夏の生命力あふるる薫りでもなく、竹谷八左ヱ門の匂いだったことに気付いてしまった。


「たけ、や」


喉から密やかに発せられたその声は、誰にも届かなければいいと思うほどに濡れている。
思わず、は自分自身の指で唇を封じた。
耳に朱が上り、睫毛が揺れる。
指は、上唇を離れ、下唇に触れ、そこで留まってしまった。
ゆるりと、足を曲げて赤子のごとく畳の上で丸まり、はゆっくりと目を開けてみるが、目の前に誰かがいるわけでもなく延々と部屋の隅まで続く畳の目があるだけだ。





ここにはいないはずの竹谷の声が、耳の奥底で甦ると、それだけでは空っぽの様な気がしていた胸の中で何かが渦巻きだすのを感じた。
ようやく指先を離して、自分の下唇を柔らかく噛んでみると、馬鹿みたいに竹谷のことを思い出してしまった。
頬に触れた指先も、鼻にかかるあの声も、まるでひとつひとつの細胞に染みついているかのように覚えてしまっている。
絡ませた舌をようやく放して、唇を離す前に竹谷はの下唇を甘く食んだ。
前歯と前歯でそっと挟むように甘ったるく噛みついた。


「ごちそーさん」


にかっと、まるで何事もなかったかのように笑って背中を向けた竹谷ばかりが、目に焼き付いている。
口付けの感触よりも、あんな風に笑ったことの方が、あの瞬間は頭の中を埋め尽くしていた。
それなのに、今こうしていると笑顔と同じぐらいに噛みつかれた唇に体温があがっていってしまう。


「ああ、くそ……竹谷八左ヱ門」


は顔を赤くさせ、更に小さく体を丸めた。


「もう、さっさと帰ってこいよ」


今度は、こちらから噛みついて忘れられなくしてやる。
まだあと七日間も帰ってこない竹谷に、今すぐ会いたくなっているというのに、竹谷に何も残せていないなんて悔しくてしょうがない。
こんなにも、振り回されている自分が嫌いじゃないから、困っている。
ごろんと、あおむけになっては天井を仰いだ。
今更になってから、蝉の声がうるさいと感じ始めた。































残された熱をどうしてくれよう