エレベーター
























耳の底で唸るような機会音がし、一瞬で浮遊感に見舞われる。
扉が閉まったと同時にダンッと、激しい音を立てて壁に三郎が手を立てた。ほとんど逃げる場所などないことを、彼だって分かっているくせに、なにを好んでさらに追いつめるのか。
三郎はエレベーターの角と自分の腕とを利用して、うまい具合に私を閉じこめた。
にんまりと、彼の微笑む唇に思わず喉が鳴ってしまう。

「なに?期待してるの?」

にやにやと笑う顔……期待なんてしていない。
睨みつけてやると、ますます彼の笑みが深まっていく。

…今自分でどんな顔してるかわかる?」

分かりたくない。

「三郎、やめて。誰か乗ってきたら」
「すっごい我慢できないって顔」

こちらの話なんて聞いてもいない。
ぐうっと耳元に近づけられた三郎の唇がかすかにふれてくすぐったい。
目の前にある三郎の首筋からは、彼の匂いが香ってきて私のふるえる心を痺れさせた。
この感覚に、いつも騙されているって分かっているのに……抜け出せない。

「たまんない。それに防犯カメラからここ、死角」
「んっ…」


ぺろりと、味見するように耳朶を舐められ、声を漏らしてしまう。
すると、また三郎は笑って、音声は拾われないし?とおどけて今度は歯までたててくる。


「一回さ、こういうところでヤッテみたいよね」
「じょうだ、ん、じゃない」
「まあ、とならどこだっていいけどね」


ひどいめまいに襲われ、自分が浮遊していっているのか落下していっているのか分からなくなってくる。
ただ、私をこの場所につなぎ止めているのは三郎の両腕や、唇や歯や香りや、感情だけ。
不安に見舞われた私が口にしたのは、三郎の思うとおりの言葉だった。


「三郎、キス…して」


縋りつく場所は、三郎の胸板しかなかった。
どこに止まるのか知らないが、刹那の時間も惜しみながら唇を貪って。