風切った羽根 3






























「寝る」と言ったはずなのに、あれから文次郎は寝るに寝ることもできずにのせいで、一晩中起きていなくてはいけない羽目になった。
隙あらば、文次郎の布団にもぐりこんで来ては服を脱がせようとしたり、脱ごうとしたり、体に触ってきたりと、はやりたい放題過ぎた。
隣で寝ている仙蔵に怒られないように、小声でしかりつけるとは馬鹿みたいに笑顔を浮かべて嬉しそうに身をよじらせた。
自分とは違う細く滑らかな腕やら足が素肌に、擦りつけられてしまえばそれは文次郎だって変な気になってしまう。
結局終いには、文次郎はの体をぐるぐる巻きにして自分の布団の中に突っ込んでやった。


「うへへー文次郎の匂いがぽかぽかだねー」
「……はぁ、俺の布団でいいから大人しく寝ろ」
「私はまぐわいたいけど?」
「だめだ」
「いやーん!」
「いやーんじゃない!」


そのせいで、ギンギンに目の下に今日も隈を作ってのしのしと廊下を歩いていた。


「なーなー、文次郎、どこ行くんだ!」
「飯だ!飯!」
「飯だ―飯―!」


食堂の中に入ると、先に食べていたろ組の二人がこちらに気付いて、小平太がぶんぶんと手を振ってきた。


「おお!文次郎!こっちこい!」
「こっちこい、こっち!」
「だー!少し静かにしろ!」
?なんだ、文次郎の新しいペットか?新しい会計委員か?」
「ちげぇよ!」


お盆を片手に席に着くと、文次郎の隣に当たり前のようにも座った。


「……なんだ、そのちび」
「ちびじゃない!だ!」


いささかげっそりした様子の文次郎にかまうことなく、小平太は新しいおもちゃでも見つけたように満面の笑みを浮かべて机越しにの頭を撫で繰り回した。


「なんだこいつ、面白いな!」
「なんだお前!煮豆を食べろ!」
「なははー、ちゃんは煮豆は好きか?」
「好きじゃない!」
「そうか!」


小平太と同じようなのが一人増えた所で、長次は気にならないのか、黙々と箸を動かしていた。
文次郎は、この席を選んだのは失敗だったかもしれないと早くも後悔していた。


「あー、大人しく座ってろ」
「あーい!文次郎、早く飯食って、私と遊ぼう!」
「あそばねぇよ!今日はやること山積みなんだよ」
「なんだよー!私とまぐわう時間もないのか!」
「まず、まぐわう気がねぇ!」


言ってから、ハッと文次郎は周りを伺ったが、既に食堂には人影は少なく幸いにも下級生の姿はなかったが、にたりと不敵な笑みを浮かべている三郎と困ったように苦笑いしている雷蔵が肩を並べて、こちらを見ていた。


「あーくそっ、おら喰うから……ん?お前は喰わないのか?」
「喰わん」
「…そうか」
「文次郎、いただきます!」


早く食べろと、先に手を合わせる仕草をして促してくるに思わず笑いながらも、文次郎は食べ始めた。
物を食べている所がそんなに珍しいのか、小平太にからかわれながらもはじっと文次郎が食事を取っている所を眺めていた。
少しその視線は痛いがその間、は大人しくしていてくれたので安心して食べることが出来た。


「ん?ちゃんの背中はなんかもごもごしてるな」
「やめろ!お前やめろ!背中触るな!文次郎だけなんだぞ、触っていいのは!」
「いけいけどんどーん!」
「アッ!」


の両手が前を押さえていたおかげで、小平太が引っ張った襟元から後ろにべろんと背中だけが露わになった。
その途端、小平太は自分の目に飛び込んできた物に、両眼を好奇の色で輝かせた。
の背中には、ぴったりと折りたたんで背中に貼りつけられているが「翼」があった。
白い柔らかな羽毛の上には、硬い褐色の風切り羽根が並んでいる。


「あーあ、背中丸見えだろ!お前何するんだ!」
「なんだこれ、かっけえええ!」
「え?そうか?」


は少し得意げに、ふわりと張り付いていた羽根を広げた。
からりと、文次郎の持っていた端が机の上を転げ、長次はじっとを見ていた。


「………天狗か」


長次のその声に、文次郎はハッと気を取り戻し、ごく自然な動きでの襟元を掴んだ。


、仕舞え。見苦しいぞ」
「ん?そうか?……あれ?」


小首をかしげて、は文次郎にされるがままになっていた。
あんなに呆れても笑っていた文次郎が、今はすごく、不機嫌そうだった。


「もんじろー?」
「………」


わしわしと、何も言わずに頭を撫でられた。
前髪が、踊っても、の顔には小さな影が差していた。
ぎゅうっと、は文次郎の袖を掴んで笑みを浮かべて囁いた。


「まぐわおうよ、文次郎」
「……」





























忙しいからと、文次郎の腰から引っぺがされたは一人でとぼとぼと屋根の上を歩いていた。
どすんと、音を立てて瓦の上に腰かけると、ぽんぽんと白いボールが一人でジャンプしていた。
見えて、消えて、見えて、消えて、間があって、また見えて。
白い青い白い青い。
むずむずと、背中が疼く。
文次郎に無性に会いたくなったのに、今は会えないとはぼうっとその白いボールを眺めた。


「あああ!」


どでかい聞き覚えのある声がしたかと思うと、白いボールがの屋根の上へと飛んできた。
は手を伸ばして落ちてきたボールをしっかりと掴んで胸に抱えた。


「あれー!?おかしいぞ!ボールが落ちてこない!」


ああ、あれはあれだ。
さっきのあいつだと、が顔を思い出すまでもなくすぐさまに、屋根の端に小平太の顔がのぞいた。


「あ、ちゃんだ!」
「お前の名前を、私は知らない」


にかっと、まるでどっかで見たことのある黄色い花の様に笑ったその顔は、嬉しそうに答えた。


「七松小平太だ!」
「へいた」
「違う、小平太だ!」
「小平太」


腕の力でひょいっと、屋根の上にあがってきた小平太はどっかりとの隣に座った。


「さっきより、元気ないなー、元気になれ」
「小平太に言われてすぐ元気出るほど、私は馬鹿じゃなーい!」
「へー!」
「感心するな!」
「ほー!」
「うぐぐぐぐっぐ…」


わしわしと、小平太のでっかい手がの頭を撫でた。
まるで、これじゃあ馬鹿みたいじゃないかと、はボールを強く抱きしめた。


「なあなあ、ちゃん、私と元気の出ることするか?」
「なんだよ」
「まぐわいたいんだろ?」
「……」


白いボールが、転々と屋根の上を転がって、落ちた。























それはまさに…印